◆癒しの環境研究会・フクシマ緊急講演会のご報告
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この会は6月29日、東日本大震災等で東京都内に避難してきた方たちを受け入れるため、東京都が設けた一時避難施設「旧グランドプリンスホテル赤坂」のすぐそばの会場で行ないました。ここには、福島県から避難してきた方々が多数居住されていました。ホテル2階には相談コーナーが設けられ、千代田区、社会福祉協議会、弁護士会、東京社会福祉士会等の皆様が懸命のサポート活動を展開していましたが、6月30日をもってこの避難所は閉鎖となりました。
癒しの環境研究会の講演会は避難所閉鎖前にと、まさに緊急に実施されたため、事前の告知がほとんどできず少人数の会となりましたが、福島から避難の方々もご参加くださいました。ぜひその内容を皆様にお知らせしたく、ここにご報告いたします。
※子どもたちの一時保育については、東京保育士会の保育士さんがボランティアで協力してくださいました。深く御礼申し上げます。 |
◆緊急講演会テーマ |
★フクシマ・東日本大震災:災害のさなかで、大切なものをどうやって守るのか.
―― 希望を未来につなぐために 今、できることを考えよう
清水一雄さん(日本医科大学第二外科主任教授、癒しの環境研究会世話人) |
◆日程 |
日 時:2011年6月29日(水曜)午後5時15分〜7時 |
場 所:都市センターホテル6階会議室(604号) |
◆プログラム |
1.講演「不安解消は社会全体の責任
−−チェルノブイリの子どもたちを支援した経験から」
講師:清水一雄(日本医科大学第二外科主任教授、癒しの環境研究会世話人)
■詳細はこちら
※清水一雄さんはチェルノブイリ原発事故後、ベラルーシで小児甲状腺がんに関する医療支援活動を長年続けておられます。この体験から、「原子力発電所の事故による放射能の恐怖から逃れた被災者の方々にとって今後大切なことは何か」をともに考えたいと駆けつけてくださいました。
2.シンポジウム 心の被害をどう防ぐか(全体討議)
精神科医・岡野憲一郎さん(国際医療福祉大学教授)からのビデオ・メッセージ(詳細はこちら)を見ながら、全体討議を行いました。
■福島から避難している方たちの意見・感想はこちら
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◆精神科医・精神分析家の岡野憲一郎さんからのメッセージ
(2011年6月28日国際医療福祉大学にて収録) |
◆心の中に怒りとやりきれなさとがある
――福島から避難している人たちにとって、原発事故の災害によってもたらされる心の被害を防ぐにはどうしたらよいでしょうか。
福島から避難されている人たちのことで、印象深いのは怒りの問題です。
地震や津波は天災ですけれども、原発の放射能汚染は人為的災害の意味合いが強いですから、それを引き起こした当事者である東京電力や国に対する怒りは非常に強くなります。しかし、この怒りの問題はただ表現されればよいというわけではなく、怒りを適切な方法で表現することが重要なのですけれど、(この原発の問題では)それが非常にむずかしいわけです。
こんなときに我々はスケープゴートをつくりやすい。わかりやすい攻撃対象をみつけて、怒りをぶつけて発散させようとするのです。しかし、これは安易な方法であって、真の解決にはならない。非難されている人たちが本当に一方的に非難されるべきなのか、ほかに責任はなかったのかとよくよく考えていくと、本当に怒りをぶつけなくてはならない対象とは、じつは原子力発電に関して無防備な考え方しか持っていなかった我々自身も含まれるのかもしれない。考えていくと、どんどんわからなくなっていく。
ですから、ある場面である人が怒りを表現したとしても、あとで気まずい思いをしたり、うしろめたさを感じることがある。このやりきれない気持ち、うまく標的をみつけられない気持ちをどうやって整理するかということが非常に大事だということを、つくづく感じます。
◆「何かを生み出す活動」が毎日を生きていく力をつくる
――気持ちを整理したり、自分の状況を整えて健康な心で生きていくためにはどうすればよいでしょうか。
人間はだれしも、「自分はこの世に生きていていいんだ」「役に立っているんだ」という気持ち(自尊感情や自己効力感)をもつことによって、毎日を生きていく力を得ているものだと思います。
ところが、被災された人々というのは、一方的に援助を受ける側に立たされることになります。被災者が援助を受けるのは当然のことですけれども、それが長く続くと、生きていく力の回復にはつながりにくい。ですから、たんに助けられるだけではなくて、仕事でもボランティアでも、作品を創ることでもだれかの役に立つ活動でも、何でもいいですから、新しい世界に一歩踏み出して、何かを生み出すという活動に参加できれば、それは素晴らしいことですし、心の健康につながると思います。生み出すといっても具体的に何か作品を仕上げたり、あるいは収入を得たり、という形をとらなくてもいいのです。人に喜びを与えたり、何らかの形で社会に貢献するということも、そこには含まれます。そうすることにより、自分がこの世界に生きていることの意味も実感できるでしょう。
あと、もうひとつは、カウンセリングや精神療法的な機会をもてたら、それは素晴らしいと思うんですね。被災した人たち全員に精神療法をできるほど臨床心理士の数は多くないですけれど、とくに被災のトラウマによる心の障害をもつ人たちに対してはカウンセリングが役に立つと思います。また、同じような体験をもった人たちが話しあったり励ましあったりする自助グループの活動も、やり方によっては有効であると思います。
とくに福島の場合には、悲惨な、1回限りの災害にあったというような、津波や震災の場合とはちょっと違います。それは毎日何か予想外なことが起こり続ける慢性的なストレスなのです。その場合、グループで話すという治療の有効性は高いと思います。
ただし、こうした場で災害について思い起こすことはいわゆる災害外傷体験につながってしまうことがあり、やり方によっては非常に危険にもなる可能性があるので、専門家の指導のもとに行わなくてはなりません。
◆先が見えない不安
それからもうひとつ、福島の人々の苦しみとはなんだろうかというときに、思うのは、「先が見えない」ということです。つまり、大地震と津波に襲われ、原発の事故が起きてからもう3カ月になるのに、一向に収束する気配がない。いったい、いつになったら帰れるのか。先のことが何も見えない。考えがまとまらない。どうやって立ち直っていくのかが全く白紙の状態のままなわけです。津波と地震の被災地では、ある意味では着々と復興が行なわれているのだけれども、ああいうふうなかたちで将来に向かって計画的に何かを復興していこうというように決められないのが、(精神的にも)いちばん大変なことではないでしょうか。
――では、先が見えない不安にどう対処したらよいですか?
それはもう時間が解決していく、そしてその間に何かできる活動を探していくことになるのですけれども、ひとつ注意しなくてはいけないのは、精神科的な問題が起きていないかということです。
災害にあわれた場合に、非常に多くの方が発症する心の病気がうつ病や不安障害です。なんとなく体がだるい、夜眠れない、あるいは食欲が出ないといった場合に、それは身体的な問題であって、栄養をとって十分に休息すればよくなるんだろうと思いがちですけれども、しばしばそれが憂鬱な感情を伴っていて、抑うつ症状のあらわれである場合があります。そういう場合には精神科医の助けが有効であると思います。眠れないという場合に抗うつ剤でなくても、軽い睡眠導入剤を使うことだけでも、随分楽になることがあります。
精神科の受診は敷居が高いでしょうか。でも、精神科にかかったからといって、すぐに処方せんが出されて、必ず薬を飲まなくてはいけないということではないのです。精神科医は、この状態は薬があった場合にこういうふうによくなる可能性がありますよ、というチョイス(選択肢)を与えてくれる−−と考えればよいのです。薬を飲むというのがしっくり来ないときは断ることができるし、薬が急に出されても、「ちょっと考えさせてください」と言って様子を見て、1週間後、2週間後にまた精神科に行くこともできます。
いろいろな精神科医がいるので、ひとりの精神科医でうまくいかなかったからといってがっかりせずに、2人目、3人目の精神科に行かれるということも、場合によっては必要だと思います。
◆子どものありのままを温かく受けとめる
――次は、福島から東京に避難してきているおかあさんからの質問です。福島にいたときに子どもの安全・安心の基地であったもの――友だちや学校、自分の大好きな物、ペットなど、日常のすべてと切り離されてしまったために、非常に不安定になっている子どもも多い。親はどのように支えていったらよいでしょうか。
放射能汚染の問題が起きてから3カ月あまりですね。この間に、場合によっては家族を失ったり、そして故郷を離れて全然別のところに来なくてはいけないことになり、それ以外にもさまざまなことが起きている。お子さんがちょっと落ち込んだり、環境に馴染めなくて不安そうな顔をしたりというのは、ごく自然な反応というふうに考えてもいいのです。子どもの場合には最初はそうした反応があっても、何カ月かたつうちに徐々に回復していくのが普通なので、あまりそれに対してやきもきすることは必要ないでしょう。
このときに一番大事なのは、温かく迎えてあげる環境です。最近のトラウマに関する研究でわかってきているのは、落ち込むような出来事が起きても、それをわかってくれる人の存在や温かい環境があれば、トラウマにならずにすむことも少なくないということです。たとえば学校に行ってうまくいかなかったということがあって帰って来た場合に、そのままの自分を受けとめて、ほっこりと包んでくれるようなおかあさんやおとうさん――東京に避難しているご家族はおかあさんだけのことが多いのかもしれませんが、温かく迎えてあげる環境があれば、一時的に落ち込んだり不安になったりすることがあっても、ほとんどのお子さんは順調に回復していくと思います。
ただし、一部のお子さんは精神科的なケアが必要なこともあります。その場合にはスクールカウンセラーに話をしたり、精神科を受診したりすることが必要になるかもしれません。
それと、おかあさんの自尊感情がすごく大事です。おかあさんが精神的に健康であること、おかあさんが自分のいきがいを見出すということ。お子さんのことばかりが心を占めるというのでなく、おかあさんも生きていていきがいを感じられるということ、おかあさんが幸せそうな顔をしているということが、じつは子どもにとって非常に大事であると思います。
−−子どもに対して直接に何かの精神療法的なプログラムをするというよりは、それぞれの日々の生活を幸せになるようにすることが大切である、ということですか?
そうです。いろんなことを話し合えることがすごく大事です。子供が学校やその行き帰りにあったことを気軽に離せるような環境を提供すること。そのためにはおかあさんに精神的な余裕があり、子どもの様子を気遣い、必要に応じて学校でのこと、友達とのことを話すことを促すことも必要となるかもしれません。
子どもというのは、おかあさんの前で話せないこと、友だちの前で話せないことを、いとも簡単に押し隠すことができるのです。自分が心の一部にある秘密をもっていることさえ自覚しないままに、秘密を積み重ねていく。精神科の言葉ではそれを、心の中で「隔離する」とか「解離する」というのですけれど、そういうことが実際に起きてしまうのですね。それはひとつの防衛手段である場合もあるのだけれど、そのときにおかあさんがなるべく、子どもにリラックスした状態でいろんなことを語ってもらう、そういう環境を提供することが必要だし、場合によっては親には言えないこともたくさんあるから、そういう場合にはスクールカウンセラーに話をしてもらうように働きかけをしたり、専門家によるカウンセリングの機会を設けて、話を聞いてもらうことも役立つと思います。
おかあさんに言えないこと、秘密ができるということはある意味では健康なこと、健全なことかもしれない。お子さんが十分に自分の気持ちを話さないからといって、「何でも話しなさい」と強制して話をさせることはすすめられません。お子さんが自由に話せるような環境を整えること、そういうことができるような相手を提供することが重要であると思います。
そういう意味では、同じ福島出身の人たちの横のつながりが今後、重要になってくると思います。これから長く東京での生活を余儀なくされる人たちにとっては、方言とか言葉の使い方とか、そういうことにいろいろ気兼ねをせずに話すことができる人たちのつながりはすごく大事なのではないでしょうか。(了)
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◆福島県から都内に避難している方の感想・意見※ |
※アンケート、当日の討議から ・地域・家庭で営んでいたささやかな暮らしのすべてを失ったこと、それが一番つらいです。とくに、3人の子どもたちをパパに会わせてあげられないのがつらい。避難・別居生活は経済的にも負担が大きい。私も仕事を始めましたが、子どもが熱を出したり、自分も体調を崩したりで大変です。それでも避難所には子どもの支援室や社会福祉士さんの相談コーナーもあって安心感がありましたし、私自身は友人に支えてもらっていますが、東京に知り合いのない他のおかあさんたちは避難所を出てバラバラになったらどうなるのか、心配です。自主避難なので言いにくいことですが、せめて乳幼児の医療費は福島のときと同じ扱いにしてもらいたい。(30代女性)
・娘が東京の小学校に転校しましたが、精神的に不安定です。避難者という「負い目」を感じているようで、今までの彼女とはまるで違い、親としてどうしたらいいのか悩んでいます。(30代女性)
・親子ともに心のケアが必要な状態だと感じているが、精神科にかかるのは、どんなタイミングで行けばよいのかわからない。(これに対しては会場内の医師から、「これは未曾有の災害なので精神科的な症状が出るのはむしろ当然。あれこれ迷うことなく受診したほうがよい」との助言がありました)(30代女性)
・(放射能汚染については)内部被爆のほうが重要なのではないかと思いました。がんが発症する前に、予防する方法を知りたいです。(30代女性)
・原発の不安については収束していない今は不安だらけで、戻ること、戻る時期、戻ったときの生活を考えた参考になるかと参加しました。考えがまとまりません。皆様の継続的な支援、ケアを受けたいと思います。(30代女性)
・東京に避難している福島の人たちは、自分の身の回りの生活のことで精一杯のように見える。これからは視野を広げて、東京のこうした支援者ともつながって、行動してもらいたいと思っている。(30代男性)
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