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会誌『癒しの環境』vol.9 no.1
(2004年3月1日刊行)
特集 第4回全国大会「こころと癒し」
〜最新号の巻頭言から〜

 目に映る自然が何であれ、脳の活動は絵画に関する知識が
なくても、努力せずに自然を脳の中に映し出す能力を獲得し
ている。それをそのままに描こうとする画家もいるが、作品
にもっと知的な努力を導入し、自然を脳の中に映し出すそう
と苦闘している画家もいる。たとえば、モネ。彼は、自分の
目で描いた画家といわれる。モネの絵は近くで見ると絵の具
を塗りたくっただけ。ところが3m離れると池に浮かぶ睡蓮
に見える。5m離れると、なにやらかぐわしい匂いがしてく
る。

 赤の近く補色の青を置くと遠くからは紫に見える。絵の具
の量を変えると微妙に紫色が変わる。この脳の働きを利用し
て表現したのがモネだ。そのものずばりを写真をなぞるよう
に描くのとは異なり、こうして新しく構築したモネの睡蓮の
ほうが私たちの心に迫ってくる。カラー写真の生みの親マク
スウエルは「色彩の科学は心の科学である。しかしそれは工
学や解剖学をかなり広く含んでいる点で、一般に心の科学と呼ばれているものの大部分とは異なっている」といっている。
 晩年のモネの絵は、2mくらいの絵でも10〜20pの幅に外枠部分が描いていない。見る者に対する挑戦なのだろうかとも思える。見る人の心で、脳で完成させるのを求めたのだ。未完成は脳に創造する力を与える神経科学的なトリックであるとされる〔セミール・ゼキ『脳は美をいかに感じるか』日本経済新聞社2003〕。ミケランジェロだって、未完成の絵画や彫刻が多い。
 モネが素晴らしいと感じることができるのが、感性であり、こころである。どんな風に色を重ねていくと脳のどこの細胞がどのように働くのかを調べるのが脳の先端科学である。人間に感性があることと、これが実に巧みに脳の中で分析されていることを教えてくれるのがモネである。

 鮭は何万個の卵を産んで、大人の鮭になるのは数百匹にも満たない。亀は数百個を産んで大人になってもとの浜辺に帰ってくるのは5〜6匹だ。食物連鎖に取り込まれて成長するまでに大半が死ぬ。それから考えると、人間はひとりでも産んだらしっかり育てる。人間は生まれたら成人し、平均寿命いっぱいまで生きることを運命付けられている。そんな中でも病になることはある。そのとき常ならぬ状態で心が弱まるのは当然だ。基調講演で佐藤登美教授がお話しくださったように、病んで弱ってしまう病人を「生きた心地」にしてくれるのが看護とすると、看護ってなんと素晴らしい仕事だろう。ふだんからすべての場面でこういう感性を磨いていくことも大事である。感性があることが人間でいることだからだ。

 静岡で開かれた癒しの環境研究会の第4回全国大会は「こころ」というテーマをとりあげた。分科会でも一般講演でもホットなディスカッションがあった。全国から多くの方がご発表を下さった。この会誌でみなさんはその広がりと熱意に驚嘆されるでしょう。こうしたらよかったという現状報告だけではなく、その基本や原理に踏み込むことができた今回の研究会は、その意味でエポックメイキングな研究会であった。今後癒しの環境研究会が10年を迎えて、今後の方向性として、研究に基本をおいた研究会としてますます発展していくことを望んでいる。

 モネの絵の具のように、私たちの人生での一つ一つのタッチがそのときは無駄に思えたり、逆であることに思えても、遠くから大きく自分の人生を眺めてみると、それが微妙な陰影を作って、完成図に向かっているのである。だって、水藻の深い緑の表現に真紅を使うなんて、考えられます?

 常識ではないのである。未完成は素晴らしいこと。感性ということと大事にすること、そういう心を研究しようとする素地が育ってきたことの意義は大きい。
癒しの環境研究会代表世話人 高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』  vol.9 no.1 CONTENTS  2004.3月
T.特集「こころと癒し」 ――第27回研究会・第4回全国大会――
基調講演
「脳機能最先端科学が明らかにしはじめたこころと癒しのメカニズム」
  東北大学未来科学技術共同研究センター教授 川島隆太
「素朴な感性にもとづく倫理性と癒す看護技術」
  静岡県立大学大学院看護学研究科長・教授 佐藤登美
分科会1 色彩、照明と癒し
「光環境と対人コミュニケーション」
  武蔵工業大学工学部建築学科助教授 小林茂雄 
「色彩心理を活かしたメンタルケアの試み」
  色彩心理研究家・講座「色彩学校」末永蒼生
「癒しの色彩設計・心と体が喜ぶ色の効果」
  (株)フラックス代表取締役 山内暢子 
「カラーセラピーとコミュニケーション」
  ワールドインカラーズH2代表 鈴木裕美
「癒しの環境における照明1及び2 心を癒す光環境」
  ヤマギワ株式会 手塚昌宏
「姫路赤十字病院における色彩計画」
  関西ペイント株式会社CD研究所 宮川理香
「ターミナルケアと色彩心」
  高槻赤十字病院緩和ケア病棟 木村千尋
「病院内の色彩計画における原色利用の可能性」
  千葉大学大学院 大竹さつき他
分科会2 コミュニケーションと癒し
「在宅介護者のストレスとメールコミュニケーション」
  宮城大学看護学部 山田紀代美
「インターネットを介した癒し」
  日本学術振興会・お茶の水女子大学 内藤まゆみ
「生命を支えるコミュニケーション」
  日本ALS協会会長 橋本 操
「こころの扉 〜ロービジョンケア〜」
  医療法人出田会 出田眼科病院 藤田恵美子他
「インターネットと癒し」
  (財)岡山旭東病院 事務部企画課企画広報室 森 絵美他
「コラージュとコミュニケーション」
  あきら医院医療サービス企画室 畠中時子他
分科会3 メイクアップと癒し
「人はなぜ化粧するのか ――現代における意味を探る」
  顔・化粧文化研究所 村澤博人
「[メイクが及ぼす世界]について」
  美容研究家 山口和子
「心的影響の大きいエンゼルメイク(死化粧)」
  エンゼルメイク研究会代表 小林光恵
「エンゼルメイクがドナー家族に与えた影響についての一考察」
  社団法人日本臓器移植ネットワーク 中日本支部 上野秋花他
「エンゼルメイクで癒されるケアとしての死後の看護」
  榛原総合病院看護部 名波まり子・榛原総合病院エンゼルメイク委員会
分科会4 食と癒し
「緑茶成分テアニンと脳神経機能」
  静岡県立大学・食品栄養科学部 横越英彦
「テアニンのリラックス効果と食品への応用について」
  太陽化学株式会社 大久保 勉
「緑茶の癒し効果」
  元農林水産省茶業試験場 茶の品質化学研究室長 池ヶ谷賢次郎 
「茶を遊ぶ」
  川根茶業協同組合理事長・株式会社朝日園代表取締役 朝比奈明夫
「お茶は癒しの妙薬」
  (有)フーディアムトクナガ代表取締役 徳永睦子
「地域に生きる地酒屋」
  (株)大村屋酒造場社長 松永今朝二
「緑茶成分のカテキンおよびテアニンの健康と癒し効果」
  馬場製菓合名会社 藤森 進
「調理師の感性を生かした食事サービス−終末期癌患者への食の対応」
  川崎市立井田病院食養科 太田 晴一他 
一般演題
「高齢者における音楽療法の効果(1)」
  株式会社 アリスの夢 板倉由紀子他
「高齢者における音楽療法の効果(2)」
  介護老人保健施設「ラビアンローゼ」音楽療法指導員 中森智佳子他  
「パーキンソン病教室における音楽活動(ミュージカルの試み)」
  藤枝市立総合病院 藤枝音楽協会 松下澄子他 
「術前・術後における音楽療法の効果と活用」
  聖隷浜松病院A3病棟 青木知香子他
「都市型小規模精神科デイケアを癒しの場として考える」
  しもでメンタルクリニック・デイケアスタッフ 下出理恵子他 
「療養病棟の快適な環境と癒しについて」
  医療法人みなみ 粕屋南病院 長山保代他
「療養型病院における癒しを考え」
  聖ヶ塔病院・看護部 児玉 孝他
「病院の新築に伴う患者満足度調査」
  医療法人緑水会 宜野湾記念病院 鉄本泰三
「戸畑リハビリテーション病院における癒しの環境 −作る側と使う側の思い−」
  戸畑リハビリテーション病院 新病院プロジェクトチーム 下河辺勝世他 
「ISO14001を用いた癒しの環境への取り組み」
  岡山旭東病院 今吉弘樹他
「足底温熱刺激とリラクセ?ション――α波、心拍変動、事象関連電位CNVの解析」
  山口県立大学大学院健康福祉学研究科 末弘静子、市村孝雄 
「療養病棟における遊ビリテーションの効果」
  藤枝市立総合病院療養病棟 松下友美他
「アドボカシーと癒し 〜当院におけるアドボカシー室の取り組みを通して〜」
  岡山旭東病院診療技術部医療福祉相談課 古賀友子他
「終末期の心と癒し −スピリチュアルケアの実践的事例と仮説的推論について−」
  介護老人保健施設Sハイツ・修学義塾生涯学習生きがい研究所 小澤 常、服部義保
「セルフコントロールによる癒しへのアプローチ」
  ちゅうざん病院リハビリテーション部心理士 池村久美子他
「道化教室と癒し」
  岡山旭東病院企画広報室 銅山裕子他
「冷房病を解放できる癒しの健康冷暖房」
  (株)トヨックス東京支店冷暖事務所 大角昌靖
「病院で働く職員の癒しについて」
  医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 末永英文他
「直線の中に曲線を −職員・市民・患者による、院内癒しの道づくり−」
  藤枝市立総合病院臨床栄養科 坪井 厚
「私達は笑顔をお届けしています 〜榛原総合病院売店 患者様向けワゴンサービスの取り組み〜」
  シダックスシーアンドブイ(株)名古屋営業所営業本部東海営業課 百合嶋紀裕他
U.病院見学会報告
 静岡県立静岡がんセンター
  港区立特別養護老人ホーム 宇田隆子/総合病院桜町病院事務長 石丸伸司

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