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会誌『癒しの環境』vol.12 No.1
(2007年03月20日刊行)
「きれいな病室で寝かせてくれ」 −第34回研究会報告−
〜最新号の巻頭言から〜
 「きれい」という形容動詞は多くの意味を持つ。美しい、容姿の整った、清潔な、きちんと整った、澄んだ、清い、そして、公明正大な。でも、「きれいにする」という用法になると、意味はぐっと限定される。部屋を調える、片づける、そして借金を返すなど、よけいな残りがないことをいう。とすると、病室をきれいと表現するには、清潔、きちんと整ったということが基本になる。
病室のことを、ドイツ語ではシックハウスという。まるで、部屋自体が病の権化のようだ。空中にはたくさんのカビ(真菌)が浮遊している。お風呂場をおもいうかべてみよう。隅っこや、ヒノキの石鹸いれ。一度それらのカビが壁や何かの隅につくと頑固に繁殖する。気持ち悪いくらいに黒くなって、しがみついている。とれない。清潔な部屋では感染にかかることもない。
人間の肺の中は湿度が100% 、気温は摂氏37度で、大変にカビが生えやすい環境である。にもかかわらず、人体にそう簡単にカビが生えないのは神様のご配慮だ。人間には、鼻毛や気管の粘膜や粘液などにより、肺に流入するカビや埃を絶えず痰などとして外に出す仕組みが備わっている。それでも侵入してきたカビは殺してしまうたくさんの細胞がある。
ところが、この二つの条件が壊れると、人の肺にはたちまちカビが繁殖し病気になる。AIDSや免疫抑制剤をつかって免疫が落ちている状態、肺や気管支が何かの病気で壊されていると、入ってきたカビを外に出す仕組みがうまく働かず、やはりカビによる病気になってしまう。「壁のカビから感染症になる人もいますよ」とは、米国で修行してきた腫瘍内科医の言葉である。
日本の家庭では昔、はたきで障子を掃除し、畳は掃くものであった。最近の住宅では掃除機が発達してきたために、床だけに意識が集中する。壁は掃除しない。病院でも床はワックスをかけたり掃除機で轟音をたてて掃除をするが、壁の掃除をしているところを見たことはない。欧米では、建物をひとつのボックスとしてとらえる視点があるので、必ず壁も天井も掃除する。以前働いていたクウェートの病院では、英国の清掃会社が清掃を請け負っていて、最新の機器と洗剤を使って英国人らしく、床も壁も天井もきちんと折り目正しく掃除していた。
病気が重症であるときは、清潔だけでなく、きちんと調った部屋にいることが必要である。眼の焦点を合わせなくても視界に入るものは情報として脳に入ってしまう。医療機器でごちゃごちゃしてると脳が疲れる。ぼおっとしている視点の先に呼吸器があっても、オムツが積み重なっていても、落ち込む。
天蓋つきのベッドに寝てみたいというのは、少女の夢である。病気の時はとくに、天蓋の中で、誰にも見られずに過ごしたい。寝顔を見られるというのは、女性にとって恥である。電車の中で寝るときは必ず顔にハンカチを掛けて寝るものだった。その顔をもろ見られるのである。苦痛にゆがむ顔を他人に見られるのはタブーを犯していることである。
 でも、少し元気になり、目を開けていられる時間が長くなると、人間性が欲しくなる。スッキリしていると、人間性が少なくなる。今必要なものだけでなく、見ていると楽しくなるものに囲まれて過ごすのが、病気を持った人の生活の正しい仕方であると思う。
病気に対して前向きに立ち向かう人は回復も退院するのも早い。病気になっても治療に前向きになるような楽天的になれるような病室がきれいな病室ではなかろうか。どんな病室に寝たいと思うのか、いろいろな視点での病室がこの号には詰まっている。おもいきり深呼吸して読んでほしい。
癒しの環境研究会代表世話人
日本医科大学医療管理学教室  高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』Vol.12 No.1
CONTENTS  2007.03
T.特集「きれいな病室で寝かせてくれ」 −第34回癒しの環境研究会報告−

シンポジウム
こんな病室に寝かせてほしい
日本医学ジャーナリスト協会 秦 洋一
全個室病院――その環境をふりかえって
聖路加国際病院外科系ナースマネージャー 高井今日子
患者視点の掃除はどのようにしたらよいのか
株式会社プラナ代表取締役 大谷勇作
きれいな空気の部屋にしてくれ−−きれいな空気のために役立つ技術とムダな技術

早稲田大学理工学部建築学科教授 田辺新一
病院らしくない病院
医療法人財団天心堂理事長 松本文六
全体討議
 
きれいな病室データ編
論文「病院建築における断熱工法の違いについての考察その2」
児玉佑希子 野中有夏 田中辰明
「血管造影室における感染対策の現状
NTT東日本関東病院放射線部

U.テキサス・癒しの医療環境研修報告

トイレの癒しの環境
東陶機器株式会社 癒しのトイレ研究会事務局長 高嶋弘明
癒しの環境5原則の視点を通して
NPO法人メディカルケア協会 小野有香里

V.特集 笑い療法士

笑い療法士のあゆみグラフィティ 2005〜2007年
 
第2回笑い療法士発表会特別講演 「愛と笑いのわらじ医者――笑って笑ってたくましく生きる」

総合人間研究所・わらじ医者のよろず診療所所長 早川一光

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