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会誌『癒しの環境』vol.14 No.1
(2009年7月15日)

「ことばと癒し」
  ―第39回研究会報告−

〜最新号の巻頭言から〜
会報

 医療の現場で、ことばは希望の光にもなる。医師のことばで、「ちょっとでもおかしいと感じたら、いつでも連れてきてくださいね。ぼくたちは、お母さんたちから情報をもらわなければ詳しい診断をつけることができないのだから・・・」なんて、親切にまた謙虚に言われるたら本当に安心する。医師も看護師も、その仕事の半分以上はコミュニケーションの力で患者さんを治癒に導くことにあるのではないだろうか。 
 カチンとくる看護師のことばもたくさんある。「はぁ? 」とばかにする。「ふぅーん、へぇー」とため語。「はぁー(ため息)」と誠意がない。「どうしてかなあ、原因はわからない」などの不安に陥れることば。 みんなは、むしろこう言ってほしいのではないか。――そんなたいへんことが起きたら、忘れるのは難しいと思うよ。そのことについて話さなければならなかったり、話したいと思うのなら、いつでも聴くよ(ディビッド・マス著『トラウマ――「心の後遺症」を治す』より)。「何が大丈夫なの?」なんて質問をする人は少ないので、看護師は大丈夫と温かく患者を包み込んで、和ませてほしい。
 ただ安心させるだけではない。ことばは本当に魔法なのだ。脳力開発実践解説本のイメージ・ストリーミングという方法でも、発話の重要性をうたっている(リチャード・ポー、 ウィン・ウェンガー 著『アインシュタイン・ファクター』、きこ書房2009年刊)。頭の中に浮かんだイメージを大きく声に出して細かく観察しながら説明するという簡単なテクニックで、教育効果が高まったという。ポイントは、大きな声に出して言うことである。これには、この著者が述べている右脳の刺激だけでなく、前頭葉が活躍していると思われる。たとえば目の前の人が気に障ることをしたときに「叩くと、反対に叩き返されるかもしれない」という近未来の結果を予想するのが、前頭葉だ。叩くのはやめておこうと判断し、より賢い行動を選択するのも前頭葉のおかげだし、「これで相手からポイントを稼いだぞ」と視点を変えて考えられるのも前頭葉の能力だ。今回登場してくださった山田規畝子さんは34歳で高次脳機能障害になったが、この前頭葉の能力をフルに使って今も治り続けている。困ったときは口で、声に出して言うのが大切であると彼女も言う。発語するという脳の仕組みが前頭葉に刺激を与えるらしい。
 失語症では、リンゴを「ミカン」と別の名前に間違っていってしまう。声は聞こえて、理解でき、適切な返事をしているつもりでも、まったく別のことを発言していることがある。発話と、発言内容のかい離現象だ。これを超皮質性感覚失語という。ことばの音を認知することができ、復唱もできるが、ことばの意味が理解できない。反響言語(おうむ返し)が目立つ。発話は流暢で、錯語が多い。周囲の人はたいてい、気の毒そうに「この方は頭がおかしくなったのね」と理解する。発言内容を考える脳と発話する脳は、異なるのである。ことばの魔法はまだまだ、奥が深い。もっとできることがある。
 小さなお子さんのいる家族にぜひ覚えておいてほしい魔法のことばがある。心筋炎のように死の危険が迫っていても早期発見が難しい病気があるので、命の灯が消えようとしている我が子の姿は必死で訴える必要がある。そんなときに効きめのあることばである。医師に、「いつもとは様子が違う。絶対おかしい、not doing well」と訴えるのだ。
 本号はことばのもつ魅力を満載した。ことばによる心の通じあいによって苦しんでいる人をサポートしようと、人生を社会に捧げている人。認知症の方々のみずから語ることばを書くことで引き出した人。聴力障害の当事者からのことばを社会に届けている病理医の田村医師、臨床でのユーモアの力を熟知しておられる柏木先生のお話も掲載した。ことばがじんわりと心にしみとおっていく極上の味わいをぜひ体感してほしい。


癒しの環境研究会代表世話人
東京医療保健大学教授  高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』Vol.14 No.1
 CONTENTS 2009.7月
T.特集 「ことばと癒し」 −第39回研究会報告−

シンポジウム
ことばによって遠ざかる関係、近づける私――患者と医療者の対話を目指して

新葛飾病院 医療安全対策室 豊田郁子
発語が行動を呼び起こす――言語と脳とリハビリと

医師 山田規畝子
ことばは書かれる時を待っていた――重度認知症高齢者との関わりから

白枝内科クリニック副院長 痴呆を生きる私たちの会代表 石橋典子
聴覚障害者への医療を考えよう−−外から見てもわからないコミュニケーションの障害

東京逓信病院病理科 田村浩一
U.笑い療法士発表会報告
 第4回笑い療法士発表会特別講演
 笑いと臨床――「生きていく力」がめざめるとき
            ・・・・・・金城学院大学学長、淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授 柏木哲夫
 笑い療法士は何ができるか」(笑い療法士実践報告)
                 ・・・・・・笑い療法士2〜3期生(青山清香、矢ノ倉知雄、木林智、阪口周二、土田正一郎)
 笑い療法士への応援メッセージ
 笑い療法士の理念
 
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