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会誌『癒しの環境』vol.15 No.1
(2010年7月31日刊行)

「アートと癒し―――五感への刺激、そして活力」
  ―第41回研究会・第8回全国大会報告−

〜最新号の巻頭言から〜
会報

 「医はサイエンスに支えられたアートである」と語ったウィリアム・オスラー卿以来、医学はサイエンスとアートであるといわれてきた。しかし、古来、医学においては現代人が考えるような「科学」はほとんど存在しなかった。医術は個人のパフォーマンスであり、まさに癒しのアートであった。その後の医学の発展によって次第にサイエンスが強調され、アートによって得られる「症状を和らげ慰める病む人間への癒し」が主だった医療は、治すことのみに価値観を置く医学・科学に向かった。
 近年にいたって、美術を癒しとして取り入れる病院が増えてきた。病院ロビーの絵画も理事長や地元の名士が描いたものから、患者さんのやすらぎのためのものに変わってきた。英国のマンチェスター病院は美術館かと見まごう現代アートの中に病院が埋没している。病院には禁忌とされた赤い色の壁。吹き抜けのロビーにクジラが泳ぎ、専門家によるアートプロジェクトを展開している。秋田の医療法人惇慧会の医療・高齢者施設では、かぼちゃが空にあり、牛が空中に浮かぶ。「Diverse(多様性)」と「Museum(美術館)」を組み合わせ「ART DIVERSEUM」という造語をつくり、高齢者施設・医療施設に美術館を融合させる手法にて試行中である。
 患者さんはどんな絵が好きなのかと研究をしたことがある。まず9000枚のポスターから、「元気が出る絵画」、「あってもなくてもよい絵画」、「好まれないと思われる絵画」の3種類の代表的なものを10枚ずつ選んだ。多くの病院で見かけるのは、ルノワールに代表される「あってもなくてもよい安全な絵」である。好まれないのはルオー、ゴッホなど、主張の強い絵である。抽象画は訴える力が強すぎるためか、見ているだけで疲れるという人が多い。実際に患者さんの感想をきくと、人物画は受け入れが難しかった。ローランサンは「目つきが悪い」。シャガールは「天国に連れて行かれそう」。菅笠姿の白衣の農民は「幽霊みたい」と手厳しい。患者さんの多くが受け入れたボッティチェリの『ビーナスの誕生』でさえ、ひとりの乳がん末期の女性は「いい絵だけど、見たくない」と拒否された。死を迎えている自分とビーナスの誕生。手術後の平坦になった胸と名画の裸身の豊かな胸。すべての情報の対比が患者さんに突きささる。
 おすすめは、風景だ。重症の患者さんは緑や水を基調にした風景を好む。生命の根源が始まったところだ。でも、湖に浮かぶヨットの赤い帆から抗がん剤を連想した人もいた。患者さんの感性は繊細である。末期の患者さんでは、「自分の心を穏やかにしておきたいので」と絵を壁に掛けることを拒否する人もいた。元気になり始めた人には子どもの絵や動物の絵など、動きのある明るい絵がよい。細かな、毎回発見ができる絵もよい。急性期か慢性期か、高齢者施設、緩和ケア病棟など、患者さんに合わせてアートを選ぶ必要がある。
 免疫学者の多田富雄さんは2001年に脳梗塞になった。声も出ない。嚥下もできない。脳に重大な損傷を受けたのなら、もう自分ではなくなっているのではないかと心配した。謡曲を頭の中で謡ってみた。死後3日目に蘇って地獄のありさまを物語る能の「飢えては鉄丸を呑み、渇しては銅汁を飲むとかや」との一節を思い出すうちに、自らの境遇を思い嗚咽してしまった(『寡黙なる巨人』、集英社)。それから多田さんは「リハビリは創造的な営み」と立ち直った。触ったこともなかったパソコンを動く左手で打ち、社会に発信した。「失いたくないのは生きている実感」という。2007年には「自然科学とリベラル・アーツを統合する会」を設立し、自ら代表を務めた。彼の人生には、すべてのアートが共にいたに違いない。
 本号は、アートと癒しというタイトルで行われた第8回癒しの環境研究会全国大会の記録である。絵画や彫刻だけでなく、音楽をアートとして、あるいは五感をアートととらえている人もおられる。アートという言葉は、「芸術」よりも広い裾野を含んでいる。生きること、それがすでにアートであると実感している。

癒しの環境研究会代表世話人
東京医療保健大学教授  高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』Vol.15 No.1
 CONTENTS 2010.7月

特別講演
社会芸術のすすめ

金沢21世紀美術館館長 秋元雄史 
特別講演
アートと医療・福祉

医療法人惇慧会理事長・外旭川病院院長 穂積 恒
基調講演
新しい癒しの環境の概念

癒しの環境研究会代表世話人 高柳和江 
シンポジウム「アートと癒し」
秋田赤十字病院における癒しの環境への取り組み

秋田赤十字病院院長 宮下正弘 
川と癒し

本荘第一病院院長 小松寛治
ART DIVERSEUM(アート・ディヴァージアム)――地域社会と高齢者施設との共生

潟Aート・コンサルティング・ファーム代表取締役 加藤淳
若手芸術家集団「.θ(ドット・シータ)」によるグループホームでの取り組み

ココラボラトリー主宰 笹尾千草
市民公開講座
元気が出る老い方

評論家・NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長 樋口恵子
市民公開講座
日本酒と癒し

株式会社ドレッシング・エー代表取締役 伊藤明子
分科会A 色彩と空間と癒し
A−1 癒しの空間  座長/石川みゆき(本荘第一病院)
見た目からはじめる病院の癒しの環境づくり

三島社会保険病院副院長 武井秀憲
医療現場にアートを――草の根活動を通して見た現状

手芸作家 前田佳子
わが子が身に着ける用品の手作りから家族の癒しを考える

総合病院 土浦協同病院総合周産期母子医療センターNICU 小林美幸他
アート空間の創造に向けて――急性期病院での展示活動

岡山旭東病院事務部企画課学術管理室 角口朝美
食堂利用調査から見えたもの

秋田県厚生連・由利組合総合病院看護部 佐藤樹子他
A−2 安心・安全の視点から  座長/丸林恵造 日本クリエイティブ・セラピスト協会
放射線治療とアートのかかわり



一宮市立市民病院放射線治療品質管理室 水谷武雄
手術室の安全・癒し・環境が変わる

美和医療電機株式会社 平野武信
疑似体験を通した「癒しの環境」づくりへの取り組み ――安心・安全の視点から考える

秋田厚生連仙北組合総合病院看護部 山崎身奈
安らぎのある環境づくり 〜アートボランティアの活動をとおして〜

秋田赤十字病院医療社会事業部医療社会事業課 佐藤清子
眼科病院のくつろぎの空間

医療法人出田会出田眼科病院事務部 吉村喜久代
A−3 医療環境の癒し  座長/高橋信好 なみおか腎・泌尿器科クリニック
NICUにおける癒しの環境を考える



総合病院土浦協同病院 総合周産期母子医療センターNICU 大野美津枝
病院を「癒しの環境」にかえるために 〜院内環境パトロール隊として見えたもの〜

秋田厚生連湖東総合病院看護部7病棟 坂谷清行
季節の花に囲まれて

市立御前崎総合病院 塚本隆男
温暖化防止と癒し

市立御前崎総合病院 塚本隆男
リハビリテーション病棟のトイレ空間と癒し


TOTO株式会社マーケティング統括部(癒しのトイレ研究会主任研究員)  賀来尚孝
A−4 生活の場としての視点  座長/山田良 札幌私立大学デザイン学部
歩きたくなる廊下――癒しの環境を目指して



秋田厚生連山本組合総合病院看護部 丹真理子
医療福祉施設の色彩@色彩の役割

関西ペイント株式会社R&D本部 上神有加、石原麻子
医療福祉施設の色彩A彩りを与える

関西ペイント株式会社R&D本部 石原麻子
高齢者へのやさしさが住環境となる

医療法人笠松会有吉病院住環境改善係 田村信幸
病院における「癒しの環境」へのとりくみ

JA秋田厚生連北秋中央病院 金沢留美子
A−5 生きる力が湧く癒しの環境  座長/平沢博 取手協同病院
笑顔と元気をとりもどして



特定医療法人青嵐会本荘第一病院看護科 石川みゆき
高齢者ケアとファッションの意義

国際医療福祉大学大学院保健医療専攻 南弥生
癒しの空間つくり はじめの一歩 〜勝平苑環境衛生委員会の取り組み〜

医療法人惇慧会介護老人保健施設勝平苑 石塚忍
認知症のある糖尿病患者への間食管理への取り組み――色彩と空間による視覚的指導を試みて 

医療法人慧眞会協和病院精神科開放病棟 澤田静
A−6 心の交流からの癒し  座長/松井則明 土浦協同病院
看護師の集合教育として「癒しの環境づくり」研修を実施した効果



秋田県厚生連本所人事部教育研修課 福田幸子
「うつ病に克つ!」コラージュを用いたクリエイティヴ・セラピー――その作品の色彩変遷過程

NPO法人日本クリエイティヴ・セラピスト協会 丸林恵造
空間アート・コミュニケーション 〜ノルウェー、日本での作品制作を通じて〜

札幌市立大学デザイン学部空間デザインコース 山田良
患者も職員も癒される「ハートフル・フラワー運動」――看護師会の取り組み

秋田県厚生連平鹿総合病院看護部 佐々木多恵子
分科会B 音と癒し
B−1 音楽活動の多様な可能性  座長/堀内武志 岡山旭東病院
統合失調症集団精神療法における音楽活動の実践――クライアントの要望に応えて成立する音楽療法を目指して


秋田音楽療法研究会 坂本昌
通所サービス利用者における「ちんどんセラピー」の効果――プログラムと表情・感情の分析から

佐賀大学医学部看護学科 八田勘司
地域での音楽活動を通して

医療法人惇慧会新屋地域包括支援センターエンデバー 石塚正紀
患者・家族に音楽療法を取り入れて

総合病院土浦協同病院看護部 猪瀬留美子
日赤健康体操を活用した身心への影響について 〜特に健康な高齢者を対象として

日本赤十字秋田短期大学 重川敬三
B−2 内なる回復力につながる音楽の力  座長/武井秀憲 三島社会保険病院 副院長
五感の刺激で意識障害からの回復を 〜音楽運動療法の紹介と文献的研究から〜


大阪府済生会茨木病院 井村智弘
高齢者優良賃貸住宅における個別音楽療法の実践

高齢者優良賃貸住宅ほのか 保坂優子
秋田県音楽療法研究会の歩み

秋田県音楽療法研究会 冨野弘之
アートで安らぎを、音楽で人の輪を 〜私達の現場は笑顔が生まれる空間〜

有料老人ホームソフィー支援部 登藤淑子
業務中のBGMによる癒しの効果

 秋田厚生連雄勝中央病院4階南病棟 柿崎美和子
分科会C 食と癒し  座長/鈴木泰子 信州大学医学部保健学科
食べる喜びと感動を引き出して――経管栄養からの離脱

医療法人惇慧会外旭川病院 介護士 石川純子
病院における食事提供状況

医療法人惇慧会外旭川病院栄養科 高野真理子
糖尿病を併発している統合失調症患者のカロリーコントロール

医療法人慧眞会協和病院精神科開放病棟 松橋照美
季節の弁当「紅葉弁当」

財団法人操風会岡山旭東病院診療技術部栄養課 金嶋孝明
分科会D 香りと癒し  座長/鈴木行三 介護老人保健施設勝平苑
癒されるクリニックを目指して(2)香りがもたらす癒しの空間

なみおか腎・泌尿器科クリニック 棟方幸子
入浴でリラックス!! ――入浴時間を癒しの時間へと変える試み

医療法人惇慧会介護老人保健施設勝平苑 千田寛之
アロマテラピーを用いた職員の癒し――ハンドクリーム作成会の実際

財団法人操風会岡山旭東病院看護部OP・ICU 竹山千恵
産褥早期の疲労におけるアロマセラピーの効果

総合病院土浦協同病院産婦人科病棟 發出渓子
分科会E コミュニケーションと癒し
E−1 心の癒しへのアプローチ  座長/土井章弘 岡山旭東病院
「笑顔で行こうよ」〜笑顔効果の浸透と笑顔の輪拡大を目指して〜



秋田厚生連秋田組合総合病院 仲澤美帆子
病的収集癖のある患者へ収集物回収を試みて――精神看護における「癒し」とは

医療法人慧眞会協和病院精神科閉鎖病棟 関裕明
病院イベントのコミュニケーションとコラボレーションが生み出す「ココロの癒し」

茨城県厚生連総合病院取手協同病院看護部 吉田公代
「標語」によるメッセージが職員に与えた癒しの効果

都立松沢病院看護部 小原幸子
E−2 患者エンパワメントを目指して  座長/福田幸子 秋田厚生連人事部教育研修課
癒しの環境整備にむけて――コミュニケーションは厚生福利



財団法人操風会岡山旭東病院院長 土井章弘
認知症患者にバリデ−ション療法を試みて

医療法人慧眞会協和病院療養病棟 佐藤孝子
ニコニコ運動で癒しの環境を目指して 

秋田県厚生連平鹿総合病院看護部 佐藤絵理子
病院ボランティアが与える癒しの効果

茨城県厚生連総合病院取手協同病院 黒田かよ子
青少年の仲間による癒し希求と病気経験

信州大学医学部保健学科 鈴木泰子
E−3 交流がもたらす癒し  座長/勝又美智雄 国際教養大学
患者から見た看護者への満足度調査


医療法人慧眞会協和病院精神科開放病棟 高橋英樹
地域との関わりの中で――まちの保健室活動を通して

総合病院土浦協同病院看護部 横田純江
院内コミュニケーションを目的とした福利厚生活動がもたらす「癒し」

茨城県厚生連総合病院取手協同病院臨床検査部 平沢博
いきいきと過ごしていただくために

介護老人保健施設なぎさ 三浦由嘉里、照井康隆
ロボットセラピー アザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」とのふれあいと効果

医療法人惇慧会グループホームエン 武田めぐ美
E−4 生きる歓びをサポートする  座長/八田勘司 佐賀大学医学部看護学科
病院と園芸活動



財団法人操風会岡山旭東病院業務管理課 齊藤哲也
皆で創ろう! 〜年間行事計画に基づいた活動への取り組み〜

医療法人財団聖十字会西日本病院総合リハビリテーション室 高橋翔子
お風呂を変えたら全てが変わった

医療法人慧眞会介護老人保健施設サングレイス療養科 石山みさお
入院患者の誕生日をお祝いして ――当院のバースディカードの歩み〜

秋田赤十字病院栄養課 平川ひとみ
生きがいの持てる入院生活を求めて――創作する楽しみを支援して

神奈川県湘南長寿園病院看護部 古性広子
分科会F さまざまな癒し  座長/土田妙 平鹿総合病院
六根からみた癒しについて

財団法人操風会岡山旭東病院内科 堀内武志
作業療法の中のレクリエーション

医療法人慧眞会協和病院作業療法科 細谷恵美
認知症高齢者に対する自立した生活支援の取り組み

医療法人慧眞会認知症高齢者グループホームサンエルフ生活支援員 菅原裕子
自宅退院への支援を行なって――家族にとっての癒し

医療法人惇慧会外旭川病院看護部 藤林則子
笑顔輝く糖尿病ウォークラリー

特定医療法人青嵐会本荘第一病院保健センター 菊地入子
MR検査における癒し

財団法人操風会岡山旭東病院診療技術部放射線課 横山智則
特別企画「笑い療法士見参! 笑いで自己治癒力を高める」
 
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