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会誌『癒しの環境』vol.15 No.2
(2010年12月1日刊行)

「ペットと癒し」
  ―第42回研究会報告−

〜最新号の巻頭言から〜
会報

 癒しの環境の理念である「安全が一番」という考え方は野生動物から教わった。サルは笑い声を出さずに笑うが、これは、野生動物が声をあげては捕食されるからである。声を出して笑えるのは安全なところにいる人間の特権なのである。傷ついた羊は、群れの中にいるときは痛みがないかのようにふるまう。弱った個体がいると、捕食動物に狙われるからだ。人間も社会に出ると7人の敵がおり、弱さを出さずに耐えている。だからこそ、弱みを見せても安心で、いつも寄り添ってくれるペットは最高の友人だ。
 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんは、北朝鮮で猫をかわいがっていたという。人間不信でも、安全で、いつも寄り添ってくれるペットは友人以上の存在になる。愛を与える相手がいると、心を落ち着かせることができる。病人の傍らに人形を置くのは、病気を持って行ってくれるからという日本古来の言い伝えもある。
 私が訪れた米国のエデン運動の施設では、猫はベッドで堂々と寝ていた。猫嫌いの人には水鉄砲を渡して撃退させるが、しばらくすると仲良くなるという。エデン運動とは、無力感と孤独に苦しむ老人ホームの高齢者を見て衝撃を受けた医師ビル・トーマスが全米に広げた高齢者の尊厳を取り戻すムーブメントである。この理念に共鳴した施設では、建物も室内の内装も家具も、どこも普通の家庭そのままだ。中庭は花や樹木で囲まれ、ピンクのハートのクッションや風船があちこちにあり、そして何匹ものペットがいた。
 このエデン運動の施設で、特別の予知能力がある猫の話を聞いた。その猫オスカーは、普段は病室から病室へと歩きまわり、1人の患者のそばにずっといるということはないが、死の数時間前だけはその患者のそばを離れない。病室から閉め出されたときには、ドアをひっかいて中に入ろうとする。何度追い払っても、ずっと寄り添っていたという。別の人にもそうだったと教えてくれた。
 その病院にはオスカーのほかに5匹の猫がいるが、このような「予知能力」を見せるのはオスカーのみであるという。半信半疑だったが、その後、世界的な論文でも紹介された(David M. Dosa, M.D., M.P.H.,A Day in the Life of Oscar the Cat、N Engl J Med; 357:328-329July 26, 2007)。がんのにおいを嗅ぐことができるとされる犬のように、「オスカーは細胞が死ぬときの独特なにおいを発するケトンを嗅ぎ分けることができるのではないか」と示唆されている。残された家族も大切な人が息を引き取る時にオスカーがそこにいてくれたことに大きな慰めを見いだして、新聞の死亡広告などにもオスカーを称賛する言葉が書かれているという。
 そういえば、友人のおかあさまが亡くなった時も感動だった。最後の入院のために自宅から車に乗り込もうとするとき、愛犬は激しく吠えて、彼女の入院を阻止しようと抵抗したそうだ。そして、遺体としてご自宅に戻られたときは、喪主の座布団の上にすわって嘆きの声をあげ、動こうとしなかった。知り合いがお線香をあげに来てもそこから離れないので、無理に引き離し、隣の部屋に閉じ込めておいたと友が語ってくれた。その写真に泣けた。ペットは魂の友になれるのだ。
 野生動物は動物介在活動には使えないと山崎講師が教えてくれた。動物介在療法は生きる原点を動物から学び、無形の愛を与えることの歓びを実感することでもある。その実際の例は高野病院の実践に学ぶことができる。人間社会が一方的に利用するのでなく、生命と生命の交流としてペットとの関わりを大切にしたい。
 本号でもう一つ、読みごたえのある論説は病院見学記録だ。済生会横浜市東部病院は患者のための病院を実現することで、短期間で大幅な赤字から黒字に変わり、高収益の経営に転じた。癒しの環境の原則は安全、リラックス、効率、元気になる、そして生きる歓びである。この効率を実現した病院として、ぜひ熟読していただきたい。

癒しの環境研究会代表世話人
東京医療保健大学教授  高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』Vol.15 No.2
 CONTENTS  2010.12月
T.特集 「ペットと癒し」 −第42回研究会報告−

講演
動物介在療法で痛みと苦しみを癒す

特定医療法人社団高野会 高野病院会長 高野正博
動物介在療法のリスクマネジメント/動物にとって・人にとって

デルタ協会認定インストラクター、ペット研究会「互」主宰 山崎恵子
抱きしめたいロボット

産業技術総合研究所知能システム研究部門 柴田崇徳
テディベアの癒し効果

山梨大学教育人間科学部教授 小畑文也
熱帯魚の癒し

アーツセラピー研究所研究員、国士舘大学非常勤講師 飯田 緑
寄稿
無菌室のぬいぐるみ

石川春美

U.第24回病院見学会記録

講演
病院の生き残りをかけた私たちの戦略――奇跡の急成長はなぜ実現できたか

済生会横浜市東部病院 院長補佐 正木義博
見学記
済生会横浜市東部病院のブランディング

褐ヒ田芳樹風景計画 設計室長 大橋幸雄
済生会横浜市東部病院を見学して学んだこと

財団法人操風会 岡山旭東病院事務部企画課企画広報室 森 絵美
元ホテルが病院に変身!! 〜ホスピタリティのある病院〜

医療法人社団大誠会大垣北クリニック 種田美和
ホテルみたいな病院とホテルだった病院

深澤由美子
 
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