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会誌『癒しの環境』 Vol.17 No.2
(2012年11月刊行)

「お産の癒し」
  ―第45回研究会報告−

〜最新号の巻頭言から〜

 もう、やるべきことはすべてやった、あとは分かり合える人とだけ話していたいと語った岡部健医師が最後に対話を選んだのは、京都大学教授のカール・ベッカー氏だった(死の床の医師と宗教学者『感動の対話』、文芸春秋、2012年12月号)。亡くなる6日前だった。岡部先生は言った。順番に欲望が取っ払われていくんだな。まず、性欲がなくなって、それから物欲がなくなる、さらに食欲が衰えて、最後まで残っていたのが知識欲。今は、本読む力ないから、テレビで放送大学を見ているよ。経済学だ。今、俺が勉強してどうするんだと思いながら見ているよ。
 癒しの環境研究会会員のIさんを思い出した。彼女は電話で訴えてきた。「わたし、末期のがんで、腹水がたまり、2回抜きました。家族のみんながホスピスに入れというけど、私は、いやなんです。私は生きたいんです。死ぬ準備なんか、したくないんです。勉強したいんです」
 えらい! あたりまえだけど、えらい! 痛みや苦しさを取るために、ホスピスに入っても大丈夫よ。ちょうど「お産と癒し」の研究会があるから、いらっしゃい。一緒に勉強しましょう。
 彼女は研究会に参加した。不妊治療での癒し、胎児の環境、授乳が豊かにできる科学的エビデンスのある環境、産科病棟における癒し、産後の心のケア――などなど。彼女は一生懸命にメモを取っていた。参加者の中で一番熱心に聞き、語らい、目を輝かせていた。誰も彼女がホスピスから来たなんて思っていなかっただろう。癒しの環境研究会独自のいろいろな視点からの癒し、それも、お産を中心に。経済学を学ぶより、お産のほうが人間の生死を根本から考えさせられるので、彼女の役に立ったかなと思う。
 動物は生殖本能があり、子孫を残そうとする。1人の女性が産んだ最多の記録として、1725年から1765年にかけて27回の出産で双子などを含む計69人(うち2人が早逝)を産んだロシアの農民の妻のことがギネスブックに載っている。私もクウェートで23人の子どもを産んだお母さんに会った。胆石の新生児を手術したのだが、ほかの子も胆石があったという。「連れてきて」と言ったら、なんと23人全員連れてきた。9カ月ごとに産んでいると妊娠も出産も人生の道程の一つで、特別なことではない。今回の会では、化学物質の人体への蓄積もとり上げたが、この問題も次世代をどう育てるかという視点から取り組む必要がある。
 高齢社会と声高に言われるが、なに、少産少子が問題なのである。母数を増やそうという試みがなかった政府の無策のつけを私たちは、今、払わされている。不妊治療は人間としての性を全うさせるものである。日本ではいまや、子どもを一人生むのも一大イベントである。妊娠した後に、赤ちゃんを産むのも育てるのも大変だ。しっかりと癒しがほしい。でも、日本ではがまんを強要することが多い。
 お産のときに、キュリー夫人は一言も発しなかったそうである。日本女性も声を出さずに頑張る方が多い。一方で、クウェートで働いた女医さんによると、クウェートでは動物園みたい、という賑やかな声を子どもを産むときに出すそうである。人間には痛みに反応して脳から脳内麻薬β-エンドルフィンが分泌される。出産で痛みを感じたときにも多量に分泌している。音楽などによってリラックスを自己誘導するとβ-エンドルフィン値が高くなり、痛みを感じることなく覚醒から入眠する状態で過ごすことができる。β-エンドルフィン値は誰でも、妊娠中期から少しずつ分泌され、子宮口が全開になり赤ちゃんが出そうになるときにぐんと値が高くなる。だから赤ちゃんを産んだあとのお母さんの表情は、感動的に美しい。
 今号にはケアタウン小平と三鷹天命反転住宅の記録も収載した。「地域の中にホスピスケアを持っていく」試みと、奇想天外な「死なない家」の見学会である。見学記はそれぞれの書き手が自分の海外での体験や自らの日常を重ね合わせて解説しているので、非常に読み応えがある。驚きの見学記を楽しんでもらいたい。


癒しの環境研究会代表世話人 高柳和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』 Vol.17 No.2
 CONTENTS 2012.11月
T.特集 「お産の癒し」 −第45回研究会報告−

講演
授かる――不妊治療での癒し

医療法人財団順和会山王病院院長 堤 治
へその緒から環境が伝わる――胎児の環境

千葉大学大学院環境生命医学講座教授 森 千里
授乳室の癒し――授乳が豊かにできる科学的エビデンスのある環境

癒しの環境研究会代表世話人 高柳和江
産科病棟における癒し ―新しい癒しの方向性を探って−

青梅市立総合病院看護局 乙津町子
産後の心のケア――育母・育児支援の新たな取り組み

医療法人愛和会愛ちゃんワールド館副館長、社会福祉士 内田緒織


U.第25回病院見学会記録
ケアタウン小平に学ぶ
地域の中にホスピスケアを持っていく

語り手/有限会社暁記念交流基金代表取締役 長谷方人
見学記
「地域に生きる」「死なないからだづくりをめざす」とは?

帝京科学大学医療科学部看護学科教授 泉キヨ子
自分らしく生きる環境づくり――ケアタウン小平を見学して

株式会社ドムスデザイン 戸倉蓉子
尊厳がまもられる"普通の生活"を――ケアタウン小平で考えたこと

ケアタウンあさ紫苑 村上美紀子
天命反転住宅を体感しての癒しとは!

大和ハウス工業株式会社 新倉昭人
 
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